明日はいよいよ決勝ラウンドです。自分は、第1試合と第2試合を見に行きます。アルゼンチンとかね。
さてと。石川と杉浦の小賢しさ、いかにも小物じみた悪ぶりにはほとほと呆れ返りますが、だれが、今大会の日本代表に不服だというのだろうか。おまえらにどのような不服が具体的にあるのか、ちゃんと表明すべきだと思う。
家に帰り、ドイツ戦の録画をみて、自分は思ったよ。ここまで来たよ、と。もしもだが、ヤオミンがいなければ、中国にすら勝てるのだよ。ひょっとしたらノヴィツキーがいなければドイツとどうだっただろうか。
日本に、ヤオやノヴィがいないのは、たれのせいか。たれのせいでもない。
さて、アンゴラにはいないのだ。トルコにもいないのだ。ニュージーランドにもいない。でも彼らは日本人では(モンゴリアンでは)ないのだ。田臥を呼び、鈴木を呼び、それで結果がこなかったら。彼らは、そのひとたちを謗り、次の御籤をひくだけなのだろうか。それとも、それらのひとを謗ることはできず、翻りジェリコに心から詫びるのだろうか。内海のように、なんとなくお手盛りで、鈴木で続けていくのだろうか。
結果以外なにが悪かったというのか。そして、この試合の内容は結果とは言えないのか。自分は(録画だが)奇跡を目にした。浜松で目の前にした現実と、意外と近くまで来てたのだ。その不覚に恥じた。
われわれが戴いたのは、貴様らの奇跡的な判断で、ジーコではなかった。しかし、それすらなかったことにしようとしている。自分のパンツの染みは目に入らないのだろうか。自分たちが、糞を漏らしていることに気がつかないのだろうか。そんな年寄りなのか。
おまえらがなにをやったというのか。代表が欧州で必死に走っていたときに、おまえらはなにをやっていたというのか。たれが結果を責めているというのか。石川と杉浦でしかない。

おまえらなんかいらない。おまえらのパンツの面倒まで、自分らはみれない。責任の取り方は知ってるよな。「一身上の都合により」そう書き始めるんだ。