壊滅的に疲れが出てるのでもう寝ようと思う。帰ってきて「Konitz Meets Mulligan」53年Pacific Jazzを聴いてる。音楽を聴いてリラックスというのがこういうときだが、唐突に入る拍手で、このデッドな音像のまるでプラスチックの造形物*1のようなセッションの半分のトラックは録音は客の前で行われていたと初めて気がつく。
この不自然さがよいし、だからこそいつまでも続くわけなんかなかったわけで。けっこうムーディ、とか思ってしまう可能性もありますが、マリガンが、バリトン・サックスがそうはさせませんね。3管の絡み合いアンサンブル・パートが心底たまらない。
ところで、チェット・ベイカー、マリガンと並べてみると、コニッツは5年くらい先にいってたことがわかる。コニッツがソロをとるときだけ、59年くらいの音だ。余裕もあまり感じられない。
Konitz Meets Mulligan

*1:自分はジャズは木製ってよりプラスティックな感じに思ってる。落ち着いたヴィンテージなものじゃなくて、作り物で、浮ついてて